MESSAGE 代表挨拶

ラクシャスグループのスタッフ求人ページをご覧頂き有りがとうございます。なにものでもない、なにものかも分からない、あるのはただひらすら『若さ』と『負けん気』だけだった。20代半ばの記録的に暑かった初夏のある日、私は数年間勤めた営業会社を辞めました。理由は多々あります。 経営悪化による給料の遅配、余りにも前時代的な会社の体質、その他プライベートでの様々なこと…積もり積もったものが爆発し、ある日の朝礼で社長と怒鳴り合いになり、私はそのまま会社を辞めました。一見格好良く聞こえますが、つまりは、『クビ』です。給料は支払われない、貯金もほとんどない。途方に暮れた私が必死に考え辿り着いた答え、それは、 『デリヘルを経営すること』でした。サラリーマン時代に、週末のアルバイトでデリドラをしていた事がありましたが業界経験はほぼ皆無です。本当に無謀な挑戦だったと思います。本来ならまずはどこかの店で下積みをしてノウハウを得るべきです。でも私はもう嫌でした。良くも悪くも己で結果を出したい、己の可能性を試したい、そう心に決めました。

兎にも角にも、デリヘルオーナーとしての日々がはじまりました。そしてそれは想像を絶するものでした。まず何よりコンパニオンが全然集まりません。毎日出勤がゼロ、良くて1~2名という状態が続きました。四方八方を駆けずり回ってどうにか出勤を確保しても、今度はお客様のオーダーが悲惨なほどありません。 何しろお金がありませんので、事務所と待機場は一緒です。ついでに言えば、私の家さえも事務所兼です。当然、店の経営状況は全てコンパニオンに筒抜けです。月並みな表現で恐縮ですが、まさに『針の筵』でした。余りの電話の鳴らなさにこっそり自分の携帯で店に電話し、さもお客様から電話があったかのように装ったこともありました。※これは『デリヘルオーナーあるある』かも知れません。勿論そんなことをしても意味はないのですが(笑) その頃は当然ドライバーさんを雇う余裕などとてもありませんので、コンパニオンの送迎も全て私です。どれだけ経営状態が悪くとも、毎月の請求は否応なく届きます。家賃、電話代、広告費、消耗品etc…少ない売上を小銭までかき集めて、ようやく支払いを済ませる。手元に残るのは雀の涙ほどの千円札です。たまに、吉野家の牛丼特盛に卵と味噌汁とサラダを付けて食べるのが、何よりの楽しみであり贅沢でした。それからの数年間は、誇張ではなくほとんど記憶がありません。あるのはただ、断片的な想い出のみです。信長が本能寺の変でいまわのきわに舞ったとされる敦盛の一節の如く、まさに『夢幻の如くなり』でした。月日は流れ流れ、私は曲がりなりにも今こうしてたくさんのスタッフやコンパニオンに恵まれております。今冷静に思い返しても、あの頃と現在の私に何か劇的な、エポックメイキングな違いは何一つありません。ひたすら愚直に、真面目に、死に物狂いで。私のしたことはただそれだけあとは『運』であると思います。あらゆる出逢いや別れやトラブル、そうした全ての要素を含めて、私は幸運であったとつくづく思います。

時は移ろいます。『24時間闘えますか』の時代は終わりました。労働改革の波は待ったなしであります。私の経験を他人になぞって貰う必要はありませんし、また言うまでもなくそんなつもりも毛頭ありません。風俗業界も変わらねばなりません。当社はその変革のリーディングカンパニーでありたいと考えています。つきまとうダーティーなイメージや、長時間労働が当たり前の風潮を率先して変えていきたいと思います。我々もまだまだです。『勝った』つもりなどありません。満足してしまったら、そこで成長は止まります。矛盾しているようですが、例えどんな仕事でも働いてお金を稼ぐということは大変で、しんどいものです。生まれながらのお金持ちや天才やエリートは違うかも知れませんが、私も含め我々はそうではありません。 『しんどく、楽しく、面白く』それが当社の理念です。いくら時代が変わろうと、この理念は譲れません。こんな我々に共感して頂ける方。私がそうであったように、なにものでなくともなにものかになりたい方。よろしければ我々と一緒に働きましょう。スタッフ一同、皆様からのご応募、心よりお待ちしております。ラクシャスグループ代表

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